古代の沖縄

古代の沖縄(グスク時代)

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沖縄が歴史の中に登場してくるのは、中国の歴史書である「隋書」(636年)が最初であると考えられています。

この中に、中国のはるか東方海上に「流求」という国があるとするものですが、これが沖縄を指すのか、台湾を指すのかが明らかではないそうです。

ちなみに、この中にある記録によれば、

  • 海島の中にあって、福州の東にある。水行5日で到着する。土地には山洞が多い。
  • ガジュマルの木が多く、橘に似て葉が密で、ヒゲのような茎が垂れ下がっている
  • 国に45の将軍がいて、各地域を治めている。ムラには村長がいる。
  • 男も女も白麻の縄で髪をたばね、頭のうしろから巻きつけて額にもってくる
  • 刀、鉾、弓矢などがある。その国には鉄が少なく、刃はみなうすくて小さい。多くは動物の骨や角でこれを補助している。よろいやかぶとはない。
  • 賦役の制度がなく、ことあるごとに一様に税を取り立てる
  • その国に文字はなく、月の満ち欠けを見て季節を記し、草木の成長で歳月をはかる。
  • 婦人は子供を産むと胎衣(えな)を食べる。産後は火をたいてみずからをあぶり、汗を出し、5日で平服する。
  • 木槽中に海水をさらして塩を作り、あくで酢をつくり、米麹をかもして酒をつくる。その味は薄い。
  • 歌は足拍子をとって謳い、ひとりが音頭をとってこれにあわせて皆が歌う。その旋律は哀愁に満ちている。
  • 人が死ぬとその屍を浴し、布でこれをぬぐい、藁につつんで土の上におく。その上に土をかぶせて盛ることはしない。子供は親のため数ヶ月の間肉を食べない。南のほうの島では少し風俗が異なり、人が死ぬとムラの者がこれを食べる。
  • その国の田はよく肥えている。まず火をもって焼き、それから水をひいてこれにそそぐ。石で刃をつくった鋤でたがやす。土は、稲、粟、麻、豆などによい
  • 人々は山海の神に仕え、祭りには酒肴を供える。たたかって人を殺すと、殺された者をそのところに祀る。

そうですが、確かにどちらとも取れる内容といえるでしょう。

また、中国から二本に渡ってきたとされる鑑真は日本に上陸する前に「阿児奈波島」という島に漂着したと「東大和上東征伝」(779年)に記録がありますが、これは沖縄であることが有力視されています。

いずれにしても、沖縄の中にはそうした記録文化がまだ無かったために、こうした外部の記録にしか沖縄の古代の姿を求めることができず、正確な生活の様子を知ることは今のところ困難であるとされています。

 

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主な出来事

714年 奄美・信覚・球美等の南島人来朝(続日本紀)
753年 唐僧の鑑真が阿児奈波島に漂着